Zipangu Hosaka の「誇れよニッポン!」

ジパングLLCの代表Zipangu-Hosakaが、 誇るべき日本の素晴らしい伝統や文化について、 持論を展開するブログです。

誕生日の次の日から。

8月17日は誕生日。
親に感謝をする日である。

高校を卒業し、そのまま田舎を離れ、今は大阪に住んでいる。
ふるさとを離れて40年になる。

「思えば遠くに来たもんだ」という感じでもある。

これから、できる限りブログを書いていこうと思った。

さて、この誕生日を起点に、会社の方向性を決めた。
ジパングの方向性だ。

理念は「ニッポンを元気に!」
ミッションは「ニッポンの元気に貢献できる人を育てる」
ビジョンは「ニッポンの元気をプロデュースするプラットフォームを作る」

である。

これまでジパングやお世話になっている会社などでの仕事を総括し、
以上のような考え方に行きいたった。

そうなると、今進めている仕事が全て当てはまる。

そして、なんと素晴らしい仕事に巡り合えているか、感謝でいっぱいになる。

来年、株式会社化することも念頭に、また、新たに頑張ってみる。

楽しみだ。
 

長野県松代に行ってきた。

長野県松代の松代病院は、僕が生まれた、まさにその病院。

1962年8月17日がその誕生日。

ある方からのアドバイスで、松代にある神社に挨拶をしてくることが必要だとのことから、思い立って日曜日に行ってきた。

神社の名前は「祝神社」ほうり神社と読む。

松代病院から歩いて5分もない場所にある神社。

そこに行って挨拶をしてきた。

社務所は無人の小さな神社であるが、1000年ほどの歴史がある。

昔はお諏訪様と呼ばれていた。

そのような神社、神様の下で生まれてきたことに感謝をし、
祀られている神様にも現在の報告をしてきた。

人間の目に見える世界と同じだけか、
あるいはそれ以上の目に見えない世界があると僕は思っている。

そのような目に見えない世界を信じることも必要だと思っている。

そのような機会をいただけたこともよかった。

自分のもとを知る。このことはとても必要なことだと感じる。

さあ、これからは、もう一度生まれ変わって、
これからの10年程度、仕事を通じて社会に役に立つ人間になって行こうと思った。



 

来月は父の命日

来月は父の祥月命日。

色々と考えることがある。

男としてカッコいい死に方を見せてくれたことは、
父が最後に僕に教えた「男としての生き方」だったのではないかと思う。

入院を続けながら、最後は家でなんとか、、、という家族や
ケアマネのご提案もあり、最後は自分が建てた家に戻り、
そして最後は、母と娘の手を両手に持ち、母を見つめ、何度か首を縦に振り、
そして、そのまま息絶えた。

こんな素晴らしい死に方ができるものだ。
「さあ、お前にはこれができるか?」と突きつけられた感じもした。

 素晴らしい生き様を見せてくれた父の死に際は、
今も僕の記憶に鮮明に残っている。


息子としてどう生きるか、そしてどう死ぬか。

父を超えることができるのか。などと考えながら、
祥月命日を迎える。

「どう生きるか」

これにかかっている。
 
最後の仕上げに入ろうと思う。 
ギャラリー
  • 誇れよニッポン!第五話 内田九一が面白いのだ!
  • 誇れよニッポン!第五話 内田九一が面白いのだ!
  • 誇れよニッポン!第五話 内田九一が面白いのだ!
  • 誇れよニッポン!第五話 内田九一が面白いのだ!
プロフィール

Zipangu-Hosaka

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Xプロフィール
メッセージ

名前
メール
本文
カテゴリー
  • ライブドアブログ